ボヘミアン・ラプソディと人工内耳者

 すっかり明けました。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 今年はちゃんと更新できるかな?

 

 お正月に、ボヘミアン・ラプソディという映画を見に行きました。

 その興奮が冷めないうちに、このブログを書いてみようと思います。

 ・・・・・ちゃんと書けるだろうか?

 かなり難しいような気がしますが、いつものとおりエイヤっと書きます

 

 

 この映画もQUEENというバンドの存在も全く知らなかったのですが、あるTV

番組で取り上げていたんです。それ見て釘付け。

 何かわからないけど、なんかむちゃくちゃ惹かれる!!

 バッサリ言ってしまって申し訳ないのですが、このTV番組の司会者がちょっと苦手

なんです。なのでいつもチャンネルを変えてしまうのですが、この時だけは、もうチャ

ンネル変えることさえも忘れて、とにかく最初から最後まで見入ってしまいました。

 

 耳が聞こえない人と音楽と言っても様々。カラオケ行くのが大好きな方もいれば、S

NOWみたいに、音楽は音が苦(オンがク)・・・・みたいな人もいます。

 SNOWにとって音楽は、雑音の塊というか不協和音にしか聞こえないんですわ。

 その中でもバンドは最も苦手!あのドラムの音が聞くに堪えない!!って感じ。

 ガンガンうるさい!!って、それしか感想出てこない。

 

 それなのにまあ、よく、観に行こうと思ったわ、ボヘミアン・ラプソディ

 もうそれは、あのテレビ番組のおかけですわ。ありがとう!!

 

 テレビ番組では、こういうヒット映画があります、ボヘミアン・ラプソディという映

画で、QUEENというグループのボーカルのフレディ・マーキュリーが主人公となって

物語が進められます・・・フレディ・マーキュリーは実は・・・みたいな紹介の仕方

だったと思う。

 そして、ライブの映像だったりインタビューの場面が流れるのですが、ライブの映像

のフレディの一挙一動がもうとにかく、視覚的に「美しい」。

 ナニコレ!めっちゃ奇麗んですけど!!!って釘付け。

 とにかくどこの角度からどう動いても美しい!!

 

 ・・そこからスィッチが入った感じ。

 

 見た~~い、見たい、ボヘミアン・ラプソディ!!もっとフレディ見てみたい!!

 

 ・・・でもTV番組の最後は、フレディ・マーキュリーはもう死去してしまいまし

た・・・という終わり方。

 そしたら、ボヘミアン・ラプソディ・・・そうか俳優さんが演じるのね。そらそうだ

わな、じゃ、観なくてもいいか、とはならなかった。

 

 フレディの歌声にも惹かれたんです。

 そしてフレディの歌声とバンドの演奏が一体化してて、それももっと聴きたい。

 

 私にしたら珍しい。ほんっとに。

 

 ググったら、「QWEENを知らない私が映画を観に行ってもいいのか?(楽しめるの

か?)」みたいな知恵袋もあり・・・・。

 え~~~~~え~~~~~、それ言ったら、人工内耳(音楽を聴くのに特化してい

ない装置)を付けているSNOWが行くのはどうよ?とか、映画に出てくるのはフレディ

を演じる俳優なんだよ?それでいいのか?とか、誰と一緒に行くん?もしかしたら映画

館の爆音に耐えられずに、途中で退席するかもしれない、それなのについて行ってくれ

る人いる??・・・というわけで生まれて初めての「ボッチ映画」という荒波も乗り越

え、しかも、1月1日の正月にわざわざ行きましたとも。映画館。

 うん、SNOW、ボッチ牛丼屋さんも平気だし、ついに映画館も制覇したぞう。

 さすがにポップコーンは哀しくて買えなかったわ・・・。

 

 で、途中で退席したか?

 

 否!

 

 もう一回行きたい!!!!

 

 ボッチでも構わない、行きたい!!

 きっと行く!!

 

 QWEENだからなのかどうかわからないのですが、バンドのあの、何のために

ドラムガンガン叩くん~~~?的な不快感はなかった(SNOW独特の聴こえ方です)。

 ちゃんとリズムになって聴こえた。

 フレディの歌声もとにかく心地よい!!

 英語の歌詞が全く聞き取れなくても、歌に感動できる!!

 

 

 俳優さんも、いつの間にかフレディ・マーキュリーにしか見えなくなり・・・。

 

 そしてあることを思う。

 俳優さんはフレディの歩き方、マイクのねじり方、歌い方、とにかくありとあらゆる

すべてのフレディの「癖」を自分にコピーしたとか。

 俳優さんの一挙一動を見ていくときに、フレディのあの一挙一動は、顔の向き、つき

あげるこぶしの高さ、視線、足のつま先から指の爪の先まで、あれこそがすべて計算し

つくされたものであり、それこそがフレディが全身で奏でている「音楽」なのか

と・・。

 

 映画のほんの短いシーンで、恋人とその家族で食卓を囲むシーンが出てくる。

 恋人の父は手話で話しかける。そして恋人はフレディに「父は口が読めるのよ。」

という。

 そのシーンに、父は聴覚を失っているのよという説明は全くなかった。

 そのシーンの直後の、QWEEN誕生につながる一本の電話で、物語は一気にシンデレ

ラの階段を駆け上がっていくので、誰もそのシーンのことはもしかしたら気にもとめな

いかもしれない。

 でも、でも、私にとっては、とても意味のあるシーンだったように思う。

 

 ああ、きっと、フレディは自分にとても大切な人の父にも、音楽を届けたかったので

はないかと。だからあのパフォーマンスだったのかと。

 あれだけの歌声を絞り出しながら、足のつま先から手の指先の爪に至るまで神経

を張り巡らすことは、どれほどしんどいことだろうか。

 だからこそ、あの一挙一動の美しさがあるのだろうと。

 

 きっと恋人のお父さんにもそのメッセージは伝わっていると思う。

 

 そして40年近くの時を経て、人工内耳装着者のSNOWも、その一挙一動の美しさ

から入って、QWEENの音楽を「凄い」と思った。思えた。

 

 また観に行く!!ボッチ映画!!次はポップコーンも買ってやる!!

 ボッチ映画のボッチコーン!!これぞ最強!!

   

 

 そして、人工内耳の「凄さ」もまた実感することになるのである。

 SNOW、英語教育を受け始めた中学時代は補聴器が使えなかったので、全く英語

の発音はわかりません。QWEENはクィーンと発音する、くらいのレベルです。

 高校で補聴器を使い始めましたが、ヒアリングはもうあきらめて捨てていました。

 

 けど、字幕を見ながら、たまたま俳優さんの口形が読めたとき・・・英語は聞き取れ

るのです・・・。

 「QUEENは消える!!」が日本語字幕だったと思う、俳優さんの顔がアップに

なり、「QWEENN No title!!」って言ったと思う。「QWEEN

go away」じゃないんだあ・・・・と思いながら、ゾワッとする感覚。

 ああ、うん、はい。そっかあ・・。

 こういうことなんだなあ。

 

 「聴こえない」ということ。

 

 日本語字幕を見ながら、じゃあ、この日本語字幕は「英語」ではどう発音するのか、

どういう単語を使うのか?そんなことを考える世界には、SNOWは居ることはなか

ったなあ。こういう世界が本当は目の前に広がっていたんだなあ。

 

 もうその時に戻ることはできない。

 

 学ぶときに戻ることはできない。

 

 私が学ぶべき、学ぶはずだった「その時」は聴力によって奪われた。

 

 聴こえないというのは、こういうことなのだと。

 

 

 ・・・・いいえ。

 

 諦めなければ良かった。

 聴こえないから英語の発音はわからないと、諦めなければ良かった。

 この発音はどう発音するのか??もっともっと貪欲に学べばよかった。

 聴覚を失った私にこんなことをいうのは、とても残酷なことではあるけれども、

それでもあえて、今思う。学ぶべきだったと。

 

 そしたらQWEENの歌詞は、意味を持ち、そして歌詞を聞いてもっと感動したかも

しれない。その感動はどれほどだったことか。

 

 私の世界はもっともっと広がったかもしれない。

 

 もしドラえもんのタイムマシンがあったのなら、中学時代の自分を訪ね、どんなにつ

らくてもしんどくても、今はとにかく学べよ、と言いたい。

 学べるときは今しかないのだから、と。

 その学びが必ず、あなたの人生に感動を呼び起こすと。

 意味のない勉強なんてない。

 かならずいつか意味を持つ、と。

 

 大人になってからはもはや遅い。

 

 そん時に、あんたは20数年後にボッチ映画を見てボッチコーンを食べながら

感動の涙を流すねんでえ、って言ったら・・・・・

 多分、

 中学校時代のSNOWは、ボッチ映画とボッチコーンにショックを受けて、

涙流すんだろうな。

 ああ、あたしの人生って・・・っと・・・。

 

 

 大丈夫や。年取ったらそんなもんどうでもよくなるわ。