先天性難聴者の成人後の人工内耳

 人工内耳の手術後、6日目くらいに音入れ(初めて音を入れること)。

 

 その時は、すべての音が「ぼ」の一音のみだった。

 ハイヒールがカツカツいう音も「ぼぼぼぼぼ」

 電車の音も「ぼぼぼぼぼ」

 人の声も「ぼぼぼぼぼぼ」

 自分の声も「ぼぼぼぼぼ」

 水が流れる音も「ぼぼぼぼぼ」

 それぞれ少しずつ質が違うということもない。すべて同じ音質の「ぼ」

 何か音がしたら、それはすべて「ぼ」という音質で聞こえるというよりも「感じ

る」

 ああ、何かわからないけど、今音がしたのだなと。

  

 やってもたかな~~・・・なんて正直思っていた。

 そら、先天性難聴で、11歳くらいでほぼ失聴して、それから27年間全く音のな

い世界やったもんなあ。でも、音入れした瞬間に「ああ、聞こえる!!聞こえる

わ!!ハイジ!!(なんでやねん)」「クララ~~~!!(誰やねん)」みたいな感

動ちょっとあるかと期待していたんですよ。

 まさか「ぼ」の世界だったとは。

 で、人工内耳が合わなかったら、やっぱり補聴器に戻りますっていうのはできない

んですよ。電極を三半規管に埋め込むので、内耳の機能は完全に失われてしまうこと

になるわけで。人工内耳の体内装置を取り出したら、また再び前と同じように補聴器

を使えるようになるわけではないんですね。

 人工内耳を入れた方は左耳で、唯一補聴器ができる方の耳だったんですね。

 右耳は、2歳半で難聴がわかった時には着けていたようなのですが、合わなかった

みたいで。すっごい低重音で響くんです。

 左だけ補聴器装着だったんですが、やっぱり片耳で聞き続けるのは負担が重いの

で、何度か右耳も補聴器に挑戦したことはあるのですが、着けて5分もしたら頭痛

してくるんですわ。明瞭度なんてゼロで低重音で響くだけの音しか聞こえず。

 なので、後がない状態だったんですね。左耳を人工内耳に選んだのは。

 失敗したら、もう完全に音のない世界で。

 どうして左耳を選んだのかはまた書きます。

 

 でも、この聞こえる「ぼ」は低重音とか響くとかそういう不快さはなかったんで

す。とってもきれいな「ぼ」っていうことはないけれども、5時間6時間聞き続けて

も頭が痛くなるとか疲れるということもなくて。

 退院してしばらくは、自宅療養していたので、家の中の音って種類も少ないし、し

ょっちゅう音がし続けているということもなくて。

 なので、音入れ後はだいたい朝10時くらいから夜8時くらいまではずっと装着し

ていたように思う。

 

 で、すごいんです。

 だんだん「ぼ」が変わっていくんです。

 音がしたときに、何の音か知るのはすごい大事。ほんっとにこれは大事。

 目で見て、音がしたものを見るんです。

 電子レンジだとします。「ぼぼぼぼぼ」って聞こえます。

 この時に、必ず誰かに聞くんです。

 「電子レンジってどんな音がするんだっけ?」

 「『ピーッピーッ ピピピピ』ってな感じかな。結構高めの音やね」

 で、イメージします。こんな感じなんやろうなあと。

 「今『ピーッ』の部分」

 そうすると「ぼーーーっ」って感じに変わるんです。

 「あ、今!今『ピピピ』に変わった。ほらほら」

 あ、ここか「ぼぼぼぼ」

 そうすると、電子レンジの音は「ぼぼぼぼぼ」から「ぼーーっぼぼぼぼ」に変わっ

て、電子レンジを見なくても「その音のパターン」から電子レンジだってわかるよう

になるんです。慣れてくると電子レンジの音っぽく聞こえるようになってくるんで

す。そうするとすべて「ぼぼぼぼ」の世界から、電子レンジの音は電子レンジとして

独立して別の世界の「ぼ」になるんです。

 

 なんていうのか、心理学とかでよくある「壺」と「横顔が向かい合っている図」み

たいなかんじ?よけいわからんわ。ルビンの壺って言うらしい。

 

 

 壺の絵だと思っていたけど、向かい合った横顔って知ってしまうと、そうとしか見

えなくなるっというやつ。

 こっちのほうが近いかな?グレコリーのダルメシアン犬。

 

  一旦この絵の中に、ダルメシアンが描かれてあるのがわかると、もう「ダルメシア

ンが描かれてある絵」にしか見えないという。

 これと同じように、この音が電子レンジの音だと「知る」と電子レンジの音にしか

聞こえなくなるんです。知る前の「ぼぼぼ」とは違う音なんです。

 

 人工内耳は「耳で聞く」のではなくて、「脳で聴く」のだなあと思う。

 

 中途失聴で音を知っている人が人工内耳をする場合は「過去に聞いた音」と「人工

内耳で新たに聞こえる音」を結び合わせていく作業をしていく中で音を取り戻してい

くのだろうと思う。

 

 先天性の聴覚障害児で、言語獲得前の幼児であれば、新たに人工内耳で聴こえてく

る音を言語として「獲得」していくのだろうと思う。

 

 そうであるのなら、言葉を「音声」として知らない先天性難聴者が、言語獲得可能

な時期もとっくに過ぎてしまった成人後に、人工内耳をする場合・・どうなるのか。

 ちょっとずつ綴っていきたいと思う。

 

 でも、意外な音を覚えていたりもするんです。

 爪切る音。

 なんでこんな音を覚えていたのか・・というより聞こえたことあったのか?私?

退院後初めて爪切った時に、あ~~~これこれ、爪切る音だわってわかったんです

わ。「ボーッチッツ・ン」みたいな。

 ちょっと固いものが、ギュウーって圧縮されてプッっと切れるみたいな。

 補聴器で一番聞こえている時代でも、車が後ろに来る音はわからなかったけ

ど・・・多分・・爪切る音は波長が合っていたんでしょうね~。聞こえたんでしょう

ねえ。大きい音は聞こえないのに、それより高い音である特定の種類の音は小さくて

も聞こえていたりするんですよねえ。

 でもさあ

  でもさあ・・

 

 爪切る音なんてわかっても、日常生活何の役にも立たないんだよねえ。

 

  でさあ

   でさあ・・・

 

 アタシの脳みそ、もうちょっと違う音憶えてや~~~・・・。

 母の声とかさあ・・・。

 

   そしたら

    そしたら・・・

 

 「お母さんの声がわかる!!ハイジ~~~!!」「良かったねえ!クララ~~!」

みたいな感動あったかもしれないのに。

 

 さすが、このおっぱっぴーなsnowを作り上げただけあるわ。この脳みそ。

 脳みそがおっぱっぴーだったんだねぇ・・・。

 なるほどねえ・・・。

 

 因みに、覚えていた音は今のところ「爪切る音」と「ピアノの音」だけでした。